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東京高等裁判所 平成8年(行ケ)64号 判決 1997年8月07日

ドイツ連邦共和国

バーデン・ビュール・インズストリイストラーセ 3

原告

ルーク・ラメレン・ウント・クツプルングスバウ・ゲゼルシャフト・ミツト・ベシュレンクテル・ハフツング

代表者

ゲルハルト・ロッテル

訴訟代理人弁護士

牧野良三

同弁理士

久野琢也

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官

荒井寿光

指定代理人

高橋美実

鍛冶澤実

幸長保次郎

吉野日出夫

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

この判決に対する上告のための附加期間を90日と定める。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

「特許庁が平成5年審判第17299号事件について平成7年11月6日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

2  被告

主文第1、2項同旨の判決。

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、1983年10月24日及び1984年3月5日にドイツ連邦共和国においてした出願に基づく優先権を主張して、名称を「回転衝撃を受容若しくは補償するための減衰装置」(後に「回転衝撃を吸収若しくは補償するための減衰装置」に変更)とする発明(以下「本願発明」という。)につき、昭和59年10月24日特許出願(昭和59年特許願第222333号)したところ、平成5年4月30日拒絶査定を受けたので、同年9月6目審判を請求し、平成5年審判第17299号事件として審理された結果、平成7年11月6日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は同年12月6日、原告に送達された。なお、出訴期間として90日が附加された。

2  本願の特許請求の範囲第41項に記載された発明(以下「本願第1発明」という。)の要旨

本願第1発明の要旨は、「減衰ユニット(13)の働きに抗して限定的に回動可能な、互いに同軸的に配置された少なくとも2つの回転質量体(3、4)によって、回転衝撃を吸収若しくは補償するための、減衰装置(1)であって、前記少なくとも2つの回転質量体のうちの一方(3)が内燃機関に結合され、他方(4)が伝動装置の入力部(10)に結合されるようになっている形式のものにおいて、一方の回転質量体(3)が多数のねじ(6)を介して内燃機関に接続され、他方の回転質量体(4)が伝動装置の入力軸(10)に接続されるようになっており、2つの回転質量体(3、4)の問のねじり抵抗が、回転数増大するに従って減少するように、制御されることを特徴とする、回転衝撃を吸収若しくは補償するための減衰装置。」である(別紙図面1参照)。

3  審決の理由の要点

(1)  本願第1発明の要旨は前項記載のとおりである。

(2)  これに対して、原査定の拒絶の理由に引用した昭和57年実用新案登録願第126555号(昭和59年実用新案出願公開第29447号公報)のマイクロフィルム(以下、引用例という)には、「本考案は内燃機関の振動を抑制する定周波数ダンパを備えた定周波数ダンパ付フライホイール装置に関する。」(2頁2行ないし4行)、「本考案は、アイドル時などの低回転域では定周波数ダンパの機能を発揮せしめぬよう、駆動側と伝達側とに分割したフライホイールを一体的に回転せしめるとともに、中高回転域では定周波数ダンパを機能せしめるように作動される遠心クラッチ手段を、前記両フライホイール間に介在せしめることにより、エンジンの全回転域において、伝達側の回転変動の悪化を防止することを目的としている。」(2頁19行ないし3頁7行)、「駆動側フライホイール1は、駆動側シャフトSに固定具3により取付けられ」(4頁8行奪いし9行)、「定周波数ダンパを構成するスプリング5は、前記駆動側フライホイール1の複数の円弧孔12に挿入せしめた前記突起部22と円弧孔12両端の間隔部14にそれぞれ嵌挿せしめてある。」(5頁8行ないし11行)及び「ねじを有する一個の固定具3」(第2図)が記載されている(別紙図面2参照)。

(3)  そこで、本願第1発明と引用例記載のものとを対比すると、本願第1発明の「減衰ユニット(13)」、「2つの回転質量体(3、4)」、「回転衝撃を吸収若しくは補償するための減衰装置」、「一方(3)、及び一方の回転質量体(3)」、「他方(4)、及び他方の回転質量体(4)」、「ねじ(6)」は、それぞれ引用例記載のものの「スプリング5、突起部22、及び円弧孔12」、「駆動側フライホイール1及び伝達側フライホイール」、「定周波数ダンパ付フライホイール装置」、「駆動側フライホイール1」「伝達側フライホイール」、「固定具3」に相当するから、両者は、減衰ユニット(13)の働きに抗して限定的に回動可能な、互いに同軸的に配置された少なくとも2つの回転質量体(3、4)によって回転衝撃を吸収若しくは補償するための、減衰装置(1)であって、一方の回転質量体(3)がねじ(6)を介して接続され、2つの回転質量体(3、4)の間のねじり抵抗が、回転数増大するに従って減少するように、制御されることを特徴とする、回転衝撃を吸収若しくは補償するための減衰装置。の点で一致し、<1>回転質量体の接続先が、本願第1発明では、一方が内燃機関、他方が伝動装置の入力軸と特定されているのに対して、引用例では、駆動側フライホイール1が、駆動側シャフトSに取付けられ、伝達側フライホイールにあっては、何ら記載されていない点、及び<2>一方の回転質量体(3)を接続するねじ(6)が、本願第1発明では、多数であるのに対して、引用例では一個である点で相違している。

(4)  そこで、相違点<1>について検討すると、引用例には、「本考案は内燃機関の振動を抑制する定周波数ダンパを備えた定周波数ダンパ付フライホイール装置に関する。」(2頁2行ないし4行)との記載があるから、駆動側シャフトSが内燃機関の一部をなすことは、当然である。また、引用例記載の装置は、アイドル時などの低回転域及び中高回転域で運転されるものであり、この種の内燃機関の分野においては、これらの全回転域にわたって駆動側シャフトSの回転をそのまま出力することは考えられず、通常は、なんらかの伝動装置(例えば、自動車においては、歯車伝動装置等)を介して変速してから出力している。してみれば、伝動装置に入力軸があるのは常であるから、伝達側フライホイールが、伝動装置の入力軸に接続されるのは、当然であり、結局、相違点<1>は、引用例に記載された事項から自明であると認められる。次に、相違点<2>について検討すると、一般に、ねじの本数を何本にするかというようなことは、ねじにかかる応力の大きさ、ねじの材質や強度、ねじの設置状況等を考慮して当業者が適宜選択し得ることであるから、相違点<2>は単なる設計変更に過ぎない。なお、ねじを多数とすることは、従来周知(例えば、昭和55年特許出願公開第132435号公報、昭和55年特許出願公開第20964号公報、及び昭和54年特許出願公開第7008号公報等を参照。)である。

(5)  したがって、本願第1発明は、引用例記載のものと同一であり、また、本願第1発明の発明者が引用例記載のものの考案者と同一であるとも、また本出願の時に、その出願人が引用例に係る実用新案登録出願の出願人と同一であるとも認められないから、本願第1発明は、特許法29の2第1項の規定により特許を受けることができない。また、前述のように本願第1発明は、特許法29条の2第1項の規定により特許を受けることができないものであるから、このような発明を包含する本願については、特許請求の範囲第1項ないし第40項に記載された発明及ぴ特許請求の範囲第42項ないし第60項に記載された発明について判断するまでもなく特許を受けることができない。

4  審決の取消事由

審決の理由の要点(1)、(2)は認める。同(3)のうち、本願第1発明と引用例記載のものが、「減衰ユニット(13)の働きに抗して限定的に回動可能な、互いに同軸的に配置された少なくとも2つの回転質量体(3、4)によって回転衝撃を吸収若しくは補償するための、減衰装置(1)であって、一方の回転質量体(3)がねじ(6)を介して接続され、2つの回転質量体(3、4)の間のねじり抵抗が、回転数増大するに従って減少するように、制御されることを特徴とする、回転衝撃を吸収若しくは補償するための減衰装置。」の点で一致することは否認し、その余は認める。同(4)は認め、同(5)は争う。

審決は、本願第1発明の技術内容を誤認した結果、本願第1発明と引用例記載のものとの回転質量体の配置及び回転質量体の間のねじり抵抗の制御に関する一致点の認定を誤り、相違点を看過したものであって、違法であるから取り消されるべきである。

(1)  取消事由1(回転質量体の配置に関する一致点の認定の誤り)

<1> 本願第1発明は、「減衰ユニット(13)の働きに抗して限定的に回動可能な、互いに同軸的に配置された少なくとも2つの回転質量体(3、4)」を有する構成を要旨とする。ここで、「回転質量体(3、4)」が「互いに同軸的に配置された」とは、「2つの回転質量体3、4は軸受け14を介して互いに相対的に回動可能に支承されており、他方の回転質量体が一方の回転質量体にころがり軸受けを介して軸受けされていて、該ころがり軸受けの内レースが一方の回転質量体に設けられた軸方向の付加部によって支持されている」構成を意味すると解釈すべきである。

すなわち、「同軸的に配置」の技術的意義については特許請求の範囲にこれを明確にする説明はなく、当業者の技術常識等に基づいて明確にしようとしても、回転質量体を相互にねじによって直接に(軸受けを介することなく)固定するのか、一方の質量体の上に他方の質量体が(例えば軸受けを介して)支承されているのか、一方の回転質量体はねじにより直接に駆動側シャフトに固定されているのか、それとも同軸的に配置された他方の回転質量体は軸受けを介して支承されるのみであるか、他方の回転質量体によって支承されているのか、「同軸的」と「同軸」とは同じ意味のものであるか異なるのか等の技術的事項の差異について何も知ることができない。したがって、「同軸的に配置」されたことの正しい技術的意味を明確にするために本願明細書(平成4年9月30日付手続補正書添付の明細書。以下「補正明細書」という。)の発明の詳細な説明の項(特に27頁5行ないし19行)及び願書添付図面(特に別紙図面1第1図)を参酌し、上記のように解釈すべきなのである。

これに対して、引用例記載のものは、「駆動側フライホイール1は、駆動側シャフトSに固定具3により取り付けられ、・・・伝達側フライホイール2は、固定具3の軸部31に、ベアリング4を介して軸受けされ」(引用例明細書4頁8行ないし13行)ている構成のものであって、本願第1発明の構成とは異なる。

<2> 上記構成の相違により、本願第1発明と引用例記載のものは、作用効果も異なる。

本願第1発明は2つの質量体3、4を互いに直接的に申し分なくセンタリングすることができ、しかも、軸受けを受容する2つの質量体のそれぞれの対応するはめ合い面だけを加工処理するだけですむので製造が簡単である。また、完全に組立完成された緩衝装置全体がバランスのとれた1つの納品ユニット又は組立ユニットを形成しているので、付加的な位置決め作業又は組立作業を行なうことなしに、この減衰装置を内燃機関のクランク軸に直接固定するだけですむので、クランク軸における組立作業が著しく簡略化されたという作用効果が達成される。

上記作用効果は、審判請求の理由補充書中に記載されている。発明の技術的範囲を解釈するための資料には、審判請求の理由補充書も含まれると解すべきであうから、上記作用効果を本願第1発明の奏する作用効果と認定すべきである。

また、本願明細書には、「本願発明によれば簡単かつ安価に製造可能な減衰装置が提供された」(補正明細書39頁7行ないし12行)旨が記載されている。そして本願書添付図面第1図によれば、2つの質量体3、4が多数の固定ねじ6により申し分なくセンタリングできること、及び質量体3、4のはめ合い面だけを加工すれば足りる点で製造が簡単であることは当業者にとって自明のことである。さらに、完全に組立完成された緩衝装置全体がバランスのとれた1つの納品ユニット又は組立ユニットを形成しているので、付加的な位置決め作業又は組立作業を行なうことなしに、この減衰装置を内燃機関のクランク軸に直接固定するだけですむので、クランク軸における組立作業が著しく簡略化されたという効果が達成されることは、本願明細書の、「この課題を解決した本発明によれば、他方の回転質量体が一方の回転質量体にころがり軸受けを介して軸受けされていて、該ころがり軸受けの内レースが、一方の回転質量体に設けられた軸方向の付加部によって支持されており」(同20頁7行ないし11行)との記載及び「ころがり軸受け15は金属薄板成形部19によって回転質量体3のショルダ17に保持されている。金属薄板成形部19はリベット止め20を介して回転質量体3に結合されていて、半径方向に延びる外側の縁部19aが内側の軸受けリング15bを回転質量体3若しくはショルダ17に向けて押しつけている」(同27頁13行ないし19行)との記載を総合的かつ合理的に判断すれば、自明である。

これに対して引用例記載のものは、駆動側フライホイール1は、駆動側シャフトSに固定具3により取り付けられ、伝達側フライホイール2は、固定具3の軸部31に、ベアリング4を介して軸受けされるようになっていて、駆動側フライホイールと伝達側フライホイールとは「互いに同軸的に配置され」ていない点で、1つの組立ユニットを形成しておらず、駆動側シャフトSへの取り付け作業は、面倒な位置決め作業及び組立作業を必要とするものである。

(2)  取消事由2(2つの回転質量体の間のねじり抵抗の制御に関する一致点の誤認)

<1> 本願第1発明の「2つの回転質量体(3、4)の間のねじり抵抗が、回転数増大するに従って減少するように制御される」ことを要旨とする。ここで、「2つの回転質量体(3、4)の間のねじり抵抗が、回転数増大するに従って減少するように制御される」とは、

(イ)ロック部材35と減衰ユニット13の出始部29との係合が回転質量体3、4の回転数増大にともない解除されて、ねじり抵抗が比較的突然に減少する構成

(ロ)回転質量体103と104との間に設けられた摩擦シュー134が、回転数の増大に伴い回転質量体103の端面126から持ち上げられて、回転質量体103、104間のねじり抵抗が連続的に減少する構成

(ハ)回転質量体203に不動に固定されたロック部材246の対抗歯247が回転質量体203、204の回転数の増大に伴い遠心力の作用により支持部235を介して回転質量体204に固定された摩擦リング240、241、242の歯245から係合解除して2つの回転質量体間のねじり抵抗(減衰作用)が段階的に減少する構成

を意味すると解釈すべきである。

すなわち、「2つの回転質量体(3、4)の間のねじり抵抗が、回転数増大するに従って減少するように制御される」との記載は本願第1発明の構成要件を機能的に表現したものであり、このように構成要件が抽象的、機能的に表現されているときは、願書添付の図面及び明細書全体の記載からそこにいかなる特定の技術的思想が開示されているかを合理的に解釈して確定すべきである。したがって、本願第1発明については、本願明細書の発明の詳細な説明の項((イ)について補正明細書30頁7行ないし32頁4行、(ロ)について同32頁5行ないし35頁6行、(ハ)について同35頁7行ないし39頁6行)の記載を要約し、上記の意味に解釈すべきなのである。

これに対して、引用例記載のものにおいては、両フライホイールの中高回転域で、対向する駆動側ホイール1の外周円筒面13に向かって押圧せしめられていたロックシャフト6、60が遠心クラッチ作用によってロックスプリング7を圧縮し、駆動側フライホイール1の外周円筒面から離れ、駆動側、伝達側の両フライホイールの角回動を許容して、定周波数ダンパの機能を発揮せしめる。なお、この場合のねじり抵抗は突然に減少するのは当業者の自明事項に属する。

<2> 本願第1発明の構成のうち、本願第1発明のねじり抵抗が比較的突然に減少する(イ)の構成は、引用例記載のものの構成と重複するが、本願第1発明では、ねじり抵抗が連続的に減少する構成と段階的に減衰する構成とを含んだものである。したがって、本願第1発明は、ねじり抵抗が比較的突然に減少する構成では引用例記載のものと軌を一にするとしても、本願第1発明の(ロ)の構成の連続的減衰作用及び(ハ)の構成の段階的減衰作用は引用例記載のものでは達成できない重要かつ優れた作用効果であるから、これら諸点を勘案すれば、本願第1発明は全体として進歩性を有する発明である。

第3  請求原因に対する被告の認否及び被告の主張

1  請求原因1ないし3は認める。同4は争う。

審決の認定判断は正当であって、審決に原告主張の違法は存しない。

2  取消事由1について

(1)  発明の要旨の認定は、特段の事情のない限り、特許請求の範囲の記載に基づいてなされるべきであるところ、本件の場合、特許請求の範囲の第41項には、原告主張にかかる「2つの回転質量体3、4は軸受け14を介して互いに相対的に回動可能に支承されており、他方の回転質量体が一方の回転質量体にころがり軸受けを介して軸受けされていて、該ころがり軸受けの内レースが一方の回転質量体に設けられた軸方向の付加部によって支持されている」の記載はなく、本件において発明の要旨を発明の詳細な説明に基づいて認定すべき特段の事情もないから、原告の主張は失当である。

(2)  原告の主張する作用効果は、本願第1発明の要旨からどのように導き出せるのか明らかでなく、本願明細書中にも明記されていない。

また、仮に本願第1発明において原告が主張している作用効果を奏するとしても、引用例に記載された構成のものでも、駆動側ホイール1は、伝達側フライホイール2と互いに同軸に配置され、これらはユニットとして固定具3で駆動側シャフトSに固定でき、付加的な位置決め作業又は組立作業を必要としないから、原告主張にかかる本願第1発明の作用効果と同じ作用効果は奏しうる。

さらに、原告が主張している作用効果は、本願の特許請求の範囲第1項に記載された構成によるものであり、本願第1発明の構成に基づくものではない。

3  取消事由2について

発明の要旨の認定は、特段の事情のない限り、特許請求の範囲の記載に基づいてなされるべきであるところ、本件の場合、特許請求の範囲の第41項には、原告主張にかかる「(イ)ロック部材35と減衰ユニット13の出力部29との係合が回転質量体3、4の回転数増大にともない解除されて、ねじり抵抗が比較的突然に減少する構成、(ロ)回転質量体103と104との間に設けられた摩擦シュー134が、回転数の増大に伴い回転質量体103の端面126から持ち上げられて、回転質量体103、104間のねじり抵抗が連続的に減少する構成、(ハ)回転質量体203に不動に固定されたロック部材246の対抗歯247が回転質量体203、204の回転数の増大に伴い遠心力の作用により支持部235を介して回転質量体204に固定された摩擦リング240、241、242の歯245から係合解除して2つの回転質量体間のねじり抵抗(減衰作用)が段階的に減少する構成」の記載はなく、本件において発明の要旨を発明の詳細な説明に基づいて認定すべき特段の事情もない。したがって、本願第1発明の「2つの回転質量体(3、4)の間のねじり抵抗が、回転数増大するに従って減少するように制御される」とは、原告主張の上記(イ)、(ロ)、(ハ)の実施例をも包含する上位の概念、例えば、そのように機能させることができる装置として把握すべきであるから、原告の主張は失当である。

また、原告の主張する作用効果は、本願第1発明の要旨からどのように導き出せるのか明らかでなく、本願明細書中にも明記されていない。

一方、引用例の第1図、第2図、第4図に記載された実施例の場合、ロックシャフト6が遠心力の作用を受けて半径方向に摺動して駆動側フライホイール1の外周円筒面13から徐々に係合解除され、駆動側フライホイール1と伝導側フライホイール2との間のロックが徐々に解除され、両フライホイール1、2間のねじり抵抗は連続的に減少する。また、第3図及び第5図に記載された実施例の場合、突出端601が遠心力の作用を受けて半径方向外側に摺動して駆動側フライホイール1の凹み15から突然係合解除され、駆動側フライホイール1と伝達側フライホイール2との間のロックが突然解除され、両フライホイール1、2間のねじり抵抗は突然減少する。したがって、引用例記載のものは、「2つの回転質量体の間のねじり抵抗が、回転数増大するに従って減少するように制御される」という機能を奏するから、本願第1発明と引用例記載のものは、この点で一致する。

また、本願第1発明は三つの実施例を包含するものであり、本願第1発明を引用する特許請求の範囲第46項ないし第48項にはねじり抵抗が「連続的に減少する」ものと「突発的に減少する」ものが明記されているから、本願第1発明は両者を包含するものである。したがって、引用例記載のものの作用効果が、連続的に減少するか突発的に減少するかにかかわらず、本願第1発明の作用効果と引用例記載のものの作用効果は同一であるというべきである。

第4  証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。

理由

第1  請求の原因1ないし3の各事実(特許庁における手続の経緯、本願発明の要旨、審決の理由の要点)については当事者間に争いがない。

第2  本願発明の概要

成立に争いのない甲第5号証(補正明細書)によれば、本願明細書には、本願発明の技術的課題(目的)、構成、作用効果について、次のとおり記載されていることが認められる。

1  本願発明は、減衰ユニットの働きに抗して互いに限定的に回動可能な、互いに同軸的に配置された少なくとも2つの回転質量体によって、回転衝撃、特に内燃機関のトルク変動を吸収若しくは補償するための減衰装置であって、前記少なくとも2つの回転質量体のうちの一方が内燃機関に結合され、他方が伝導装置の入力部に結合されるようになっている形式のものに関する(17頁7行ないし16行)。

従来技術における減衰装置は、互いに回動可能な2つの回転質量体間の減衰作用がコイルばねの形状の力貯え装置及び同装置に並行する摩擦減衰装置によって行われる形式であり、力貯え装置の配置形式に基づいて、2つの回転質量体間のねじり抵抗信非常に小さく、かつ相対的なねじれが大きくなるにつれて次第にねじれ抵抗が大きくなるものであり、この場合同装置に並列に接続された摩擦減衰装置の減衰作用は一定に保たれる。そして、共振が生じた時に、その臨界基本振動数若しくは臨界回転数は、内燃機関の運転時に生じる可能な限り低い回転数の点火周期頻度よりも下にある。

しかしながら、このような装置では、内燃機関の始動時及び運転停止時において臨界回転数若しくは臨界回転数範囲は十分早く通過しないので、2つの回転質量体間には、その間に生じる励振力によって比較的大きい相対振動衝撃が形成される結果、衝撃を妨げる作用若しくは減衰する作用を果たすことができなくなったり、衝撃負荷により車両の快適性を低下させ、内燃機関及び伝導装置のシャフト、軸受け部をも危険にさらす欠点がある(17頁17行ないし19頁17行)。

2  本願発明は、従来技術の前記欠点を取り除き、内燃機関の始動時及び運転停止時並びに通常運転時における高い共振衝撃を避けることができるような減衰装置を提供すること、及び簡単かつ安価な製造費用で製造可能にすることを技術的課題とし、この課題を解決するために特許請求の範囲記載の構成(1頁6行ないし17頁4行)を採用したものである

3  本願発明は、前記構成により、前記の高い共振衝撃を避けることができ、かつ簡単、安価な製造費用で製造可能な減衰装置を提供することができたものである(39頁8行ないし12行)。

第3  審決の取消事由について

そこで、原告主張の審決の取消事由について判断する。

1  取消事由1について

原告は、本願第1発明の「回転質量体(3、4)」が「互いに同軸的に配置された」とは、「2つの回転質量体3、4は軸受け14を介して互いに相対的に回動可能に支承されており、他方の回転質量体が一方の回転質量体にころがり軸受けを介して軸受けされていて、該ころがり軸受けの内レースが一方の回転質量体に設けられた軸方向の付加部によって支持されている」構成を意味すると解釈すべきであると主張する。

特許の要件を審理する前提としてされる特許出願に係る発明の要旨の認定は、当業者において特許請求の範囲の記載の技術的意義を一義的に明確に理解することができないとか、あるいは一見してその記載が誤記であることが明細書の詳細な説明の記載に照らして明らかであるなど、発明の詳細な説明あるいは願書添付の図面の記載を参酌することが許される特段の事情のない限り、特許請求の範囲の記載に基づいてされるべきである。これを本件についてみると、本願明細書の特許請求の範囲には、「互いに同軸的に配置された少なくとも2つの回転質量体」と記載されており、原告は、この記載における「同軸的に配置」の意味について、回転質量体を相互にねじによって直接に(軸受けを介することなく)固定するのか、一方の質量体の上に他方の質量体が(例えば軸受けを介して)支承されているのか、一方の回転質量体はねじにより直接に駆動側シャフトに固定されているのか、それとも同軸的に配置された他方の回転質量体は軸受けを介して支承されるのみであるか、他方の回転質量体によって支承されているのか、「同軸的」と「同軸」とは同じ意味のものであるか異なるのか等の技術的事項の差異について明確でないから、前記記載の技術的意義については、発明の詳細な説明の項を参酌すべきである旨主張する。

しかしながら、成立に争いのない乙第3号証(「マグローヒル科学技術用語大辞典」株式会社日刊工業新聞社昭和54年3月20日発行)には、次の記載が存することが認められる。

(1)  同軸円柱 [数]円筒面がある平面の同心円を通り、この平面に垂直な直線からなる二つの円柱(980頁右欄下から7行ないし8行)

(2)  同軸ケーブル [電磁]伝送線路の一種.一方の導体は内側中心に位置し、他方の導体である外側金属管とは絶縁されている(981頁左欄6行ないし10行)

(3)  同軸の [カ]同じ軸を分け合っていること(同頁左欄51行)

(4)  同軸の [機械]独立に同心の軸に装着された状態をいう(同頁左欄52行ないし53行)

以上の記載に徴すれば、当業者であれば、前記「互いに同軸的に配置された少なくとも2つの回転質量体」との記載の技術的意義は、回転質量体の回転する中心軸の位置が互いに一致するように配置された少なくとも2つの回転質量体をいうものと理解することは明らかであるから、その記載の技術的意義が一義的に明確であるということができ、発明の詳細な説明及び願書添付図面の記載を参酌して本願第1発明の要旨を原告主張のように限定することは許されないものというほかはない。したがって、原告の主張は失当である。

次に、引用例記載のものについて検討する。本願第1発明の「2つの回転質量体」は引用例記載のものの「駆動側フライホイール1及び伝達側フライホイール」に相当することは当事者間に争いがない。そして、成立に争いのない甲第9号証には、「駆動側フライホール1は、駆動側シャフトSに固定具3により取付けられ、しかも、円板部11に同心円上に同一幅の複数の円弧孔12が同一ピッチで設けられている。伝達側フライホイール2は、固定具3の軸部31に、ベアリング4を介して軸受けされる。」(4頁7行ないし13行)との記載が存し、これた同証の図面第2図を参照すれば、引用例記載のものにおいても、固定具3の軸心を中心として、駆動側フライホイール1と伝達側フライホイール2は回転する中心軸の位置が互いに一致するように配置されていることは明らかである。したがって、引用例記載のものは、本願第1発明の「互いに同軸的に配置された少なくとも2つの回転質量体」の構成を備えているというべきである。

原告は、引用例1記載のものが本願第1発明における「互いに同軸的に配置された回転質量体(3、4)」の構成を備えていないことを前提として両者の作用効果が異なる旨主張するが、この点において両者の構成が一致することは前述のとおりであり、構成が一致する以上その構成によって奏する作用効果も同一であるから、原告の主張はその前提において誤っており理由がない。

したがって、回転質量体の配置に関する一致点に係る審決の認定に原告主張の誤りはないというべきである。

2  取消事由2について

原告は、本願第1発明の「2つの回転質量体(3、4)の間のねじり抵抗が、回転数増大するに従って減少するように制御される」とは、本願明細書の発明の詳細な説明の項の記載事項を参酌して、(イ)ロック部材35と減衰ユニット13の出力部29との係合が回転質量体3、4の回転数増大にともない解除されて、ねじり抵抗が比較的突然に減少する構成、(ロ)回転質量体103と104との間に設けられた摩擦シュー134が、回転数の増大に伴い回転質量体103の端面126から持ち上げられて、回転質量体103、104間のねじり抵抗が連続的に減少する構成、(ハ)回転質量体203に不動に固定されたロック部材246の対抗歯247が回転質量体203、204の回転数の増大に伴い遠心力の作用により支持部235を介して回転質量体204に固定された摩擦リング240、241、242の歯245から係合解除して2つの回転質量体間のねじり抵抗(減衰作用)が段階的に減少する構成、を意味すると解釈すべきである旨主張する。

本願第1発明の特許請求の範囲における「2つの回転質量体(3、4)の間のねじり抵抗が回転数増大するに従って減少するように制御される」との記載は、本願第1発明の構成要素である2つの回転質量体(3、4)間に生じるねじり抵抗と回転数との関係という機能的事項を構成要件的に表現したものであるが、その減少を制御する具体的手段との関係についてまでは記載されていない。

そこで、その点について、本願明細書の発明の詳細な説明を参酌して原告の主張を検討すると、前掲甲第5号証によれば、原告主張の(イ)は、第1図に図示した第1実施例に関する補正明細書30頁7行ないし32頁4行に記載された構成、同(ロ)は、第3図に図示した第2実施例に関する同32頁5行ないし35頁6行に記載された構成、同(ハ)は、第4図に図示した第3実施例に関する同35頁6行ないし39頁6行に記載された構成を格別に要約したものと認められ、上記(イ)、(ロ)、(ハ)はそれぞれねじり抵抗を減少する技術的手段を異にすることが明らかである。

ところで、そもそも、発明は、まとまりのある一つの技術的思想としてとらえられるべきものである。ところが、仮に、原告主張のように、本願明細書の発明の詳細な説明の項の記載事項を参酌したとしても、上記(イ)、(ロ)、(ハ)はねじり抵抗を減少する技術的手段が異なり、ねじり抵抗が減少する作用も「比較的突然」であるか、「連続的」であるか、「段階的」であるかの点で異なっているため、これらをまとまりのある一つの技術思想としてとらえるとすれば、ねじり抵抗を減少する技術的手段およびねじり抵抗の減少形態そのものをとらえることはできず、これらに共通する技術的事項をとらえるほかない。そして、上記共通する技術的事項は、2つの回転質量体間のねじり抵抗が回転数増大に従って減少するように制御することであると認められる。したがって、本願第1発明の要旨である構成は、本願特許請求の範囲第41項記載の構成のとおり認定すべきものであり、上記構成においてねじり抵抗を減少する技術的手段を異にすることにより、ねじり抵抗の減少形態に差異が生じるにすぎないものである。

また、前掲甲第5号証によれば、本願第1発明を引用する本願特許請求の範囲第47項は減衰作用が連続的に減少するようになっている減衰装置であり、同じく本願第1発明を引用する本願特許請求の範囲第48項は減衰作用が突発的に減少するようになっている減衰装置であることが認められるところ、このように減衰作用が連続的に減少する構成も、突発的に減少する構成も、いずれも本願第1発明を限定した実施態様項として別個に存在していることも、本願第1発明の技術内容が、前認定のとおり「2つの回転質量体(3、4)の間のねじり抵抗が、回転数増大するに従って減少するように、制御される」構成につきることの証左というべきである。

発明の要旨の認定は特段の事情のない限り特許請求の範囲の記載に基づいてされるべきであることは、前示のとおりであるが、仮に、本願明細書の発明の詳細な説明の項及び本願書添付の図面の記載事項を参酌してみたとしても、以上認定のとおり、本願第1発明においてまとまりのある一つの技術的思想としてとらえられるものは、結局のところ、本願第1発明の要旨である本願特許請求の範囲第41項に記載された「2つの回転質量体(3、4)の間のねじり抵抗が、回転数増大するに従って減少するように、制御される」構成に尽きるものと解される。したがって、原告の主張は採用できない。

次に、引用例記載のものについて検討する。引用例記載のものに関し、引用例に、「アイドル時などの低回転域では定周波数ダンパの機能を発揮せしめぬよう、駆動側と伝達側とに分割したフライホイールを一体的に回転せしめるとともに、中高回転域では定周波数ダンパを機能せしめるように作動される遠心クラッチ手段を、前記両フライホイール間に介在せしめることにより、エンジンの全回転域において、伝達側の回転変動の悪化を防止することを目的としている。」との記載があることは当事者間に争いがない。そして、前掲甲第9号証によれば、引用例記載のものは、低回転域ではロックシャフト6、60の作用により、両フライホイールがロックされ、駆動側フライホイール1から伝達側フライホイール2にねじり抵抗が発生するのに対し、中高回転域ではロックシャフトが離れ、両フライホイールのロックが解除される、即ち、低回転域よりも回転数が増大した中高回転域では両フライホイールのロックが解除され、ロック部材により発生するねじり抵抗がなくなっているものと解される。そうすると、引用例記載のものは、上記したように低回転域においてロックシャフトにより発生したねじり抵抗が、回転数を増大することにより解除され、減少するように制御されているものと解されるから、本願第1発明の「2つの回転質量体(3、4)の間のねじり抵抗が、回転数増大するに従って減少するように、制御される」構成が備わっていると認められる。

もっとも、原告は、本願第1発明における(ロ)の構成の連続的減衰作用及び(ハ)の構成の段階的減衰作用は引用例記載のものでは達成できない重要かっ優れた作用効果であるから、これら諸点を勘案すれば、本願第1発明は全体として進歩性を有する発明であると主張するが、前認定のとおり、原告主張の(ロ)、(ハ)の構成及び作用効果はいずれも本願第1発明の実施例に相当する構成及び作用効果であって、本願第1発明の構成及び作用効果は、上記構成に限定されないこと前述のとおりであるから、原告の主張は失当である。

以上によれば、2っの回転質量体の間のねじり抵抗の制御に関する一致点に係る審決の認定に原告主張の誤りはないというべきである。

第4  よって、審決には原告主張の違法はなく、その取消しを求める原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担及び附加期間の付与について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条、158条2項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 持本健司 裁判官 山田知司)

別紙図面1

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別紙図面2

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